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時代の波は速い

流行に遅れがちな大学院生のブログです。

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フリーターに「学校の勉強なんて意味ないよ」って言われて考えたこと

教育・勉強

 

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「学校の勉強なんて意味ないよ」

 

あるとき、30歳手前の高卒フリーターにこう言われた。

 

当時、大学4年生だった僕は「まあ、そうですよね〜」と苦笑いしながら答えた。

 

 

 

そのフリーターにとっては正解

そのフリーターは別に嫌味を言うつもりで僕にそういったのではなく、本心からそのように言ったのだろう。

 

そして、彼とってはその「学校の勉強なんて意味ないよ」という言葉は正解であるのだと思われる。

 

なぜなら、彼の人生にはその言葉が間違っていたという認識を得る機会がなかったであろうから。

  

高校ですら真面目に勉強しなかった人間が卒業後にとる進路は、だいたいがフリーターか適当な会社への就職だろう。専門学校や定員割れ大学への進学もあるだろうが、それ以外の選択肢はほとんどない。

 

彼は非常に狭い選択肢の中で生きてきた。勉強をしてこなかった彼にとっては、勉強が必要ない生き方という選択肢しか残っていなかったのだ。

 

その狭い選択肢の中で一直線で生きてきたからこそ、「学校の勉強なんて意味ない」という言葉を疑う機会がなかったのだろう。

 

 

実際に学校の勉強は意味があるのか

学校で勉強したことの多くは、将来的には「役に立たない」だろう。

 

僕も数学とか物理とかをいっぱい勉強したけど、その知識を将来使うかどうかはわからないし、使うとしてもその中のごく一部かもしれない。

 

でも、勉強をしたという事実には「意味がある」と思う。まず、勉強をしないことにはスタート地点に立つことすらできないからだ。

 

 

例えば、ある学生が人工知能について勉強をしたとする。

 

その学生が人工知能に興味を持てば、将来もしかしたら人工知能関係の仕事や研究をするかもしれない。

 

もし興味を持たなければ、人工知能関係の仕事や研究をすることはないだろうし、そこで勉強して得た知識は将来的に役に立たない可能性が高い。

 

しかし、人工知能を学ぶことすらしない学生は、自分が人工知能関係の仕事や研究が向いているかどうかすらわからないため、それが将来の選択肢にはなりえない。

 

 

少し極端な言い方かもしれないが、学べば学ぶほど将来の選択肢が広がるのだと思う。

 

多くの選択肢の中から将来したいことを選ぶのと、ごく限られた選択肢の中から将来したいことを選ぶのでは、前者のほうが圧倒的にいい選択肢になり得るはずである。

 

そういう意味では、学校の勉強の多くは「役に立たない」かもしれないが、「意味のある」ものであるといえるだろう。

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