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時代の波は速い

流行に遅れがちな大学院生のブログです。

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「高学歴 → 一流企業」というレールから外れる英断

雑談

頑張って勉強して中学高校で進学校に入って、さらに頑張って良い大学に入って、卒業後に良い企業に入ったり官僚になったりという、いわゆるエリートの道。(何をもって「良い企業」と言うかはわからないが。)

 

別にその生き方が必ずしも正解だとは思わない。僕の周りにも、学歴なんてなくてもめっちゃ上手く生きていっている人は多いし、僕はそういう人の方がすごいと思う。

 

 

 

高い学歴を手に入れた人は、その後もその学歴に沿った道を選ぼうとする傾向が強いように感じる。官僚になるとか、知名度や給料が高い一流企業に入るとか。(みんながみんなそういうわけではないが、あくまで傾向として。最近ではベンチャーとかに行く人も結構いそう。)

 

これまで長年の努力で手に入れてきた学歴や知能を活かして一流企業などに入ることができるというのは、ある意味では「特権」である。今までそれほど勉強してこなかった人や、勉強しても上手くいかなかった人が手に入れられなかった特権である。(実際に学歴フィルターとかもありますし。)

 

そして、その特権を手にしてしまったがあまり、「その特権を使わなければもったいない」という思考が働いてしまうのは、至極当然のことのように思われる。(田舎出身の人は特に、周りからの期待が大きくなりがちなため、なおさらこの傾向が強いのかもしれない。)

 

だから、それが自分に向いているかどうかにかかわらず「高学歴 → 一流企業」という道を選ぶ人が多い。

 

僕もその「特権」を手にしたため、例に漏れず「卒業後は一流企業に就職!」という感じで考えていた。

 

しかし、よくよく考えると、自分はそういう生き方が合っている人間ではないような気がした。

 

田舎から上京してきて都会の喧騒に揉まれてここ数年間生きてきたが、やはり田舎でごく平凡な仕事をしてのんびりと過ごすのが自分に合っているのではないか。(田舎の仕事が楽だとは言っていない。)でもそんなことをすると、せっかく東京まで出して応援してくれた親たちが残念がるのではないか。

 

などと、いろんなことが頭を巡る。

 

そういえば僕の友達に、高い学歴を手にしたけど田舎に帰って公務員になった人がいる。都会の荒波の中で生きていくよりも、田舎でゆっくりと自分のペースで生きていくほうが合ってそうな人だった。

 

きっと彼は、高い地位や収入はなくとも、これから先も自分なりに幸せな生き方をしていくのだと思う。

 

高い学歴を得ながら、地元の学校に通っていてもなれる地元の公務員になるというのは、なかなか勇気のある選択である。もし自分がその立場だったら、それが自分にとって幸せなのだとわかっていても、手に入れた特権を放棄するのは少なからず後悔があったと思う。

 

 

 

僕はいま、卒業後の進路についてとても悩んでいる。その中でやはり「手に入れた特権を使わないともったいない」という思考が邪魔をすることが多い。

 

そこで僕は、次のように考えるようにした。

 

自分は「特権を手にした」のではなく、ただ「選択肢が増えただけ」である。その選択肢に優劣などない。自分が良いと思ったものを選べばいいだけである。

 

そう考えるとなんか少し楽になった気がしたし、必要なら「高学歴 → 一流企業」というレールから外れるという選択もできる気がする。その選択は英断でもなんでもなく、ただの選択になる。

 

 

(一応言っておくと、僕は高学歴がすごいと思っているわけではありません。大学を中退しても成功してる人や、それほど学歴は高くないのに数年で数億稼いでいる人などの話を聞いたことがありますが、そういう人のほうがすごいと思っています。)

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